何度も何度も通う飫肥 ^^
それでも訪れるたびに新しい発見がある。
旅行ならパンフレット片手に、聞いたり調べたりするのだが、灯台下暗し、地元となるとちゃんと見ることもなかった。
明治2年飫肥藩主伊東祐帰が知事に任ぜられて場内よりこの屋敷に移ったのだそうだ。
藩主直筆の 表札みたいなもん ^^; 入口にかかっていました。
豫章館の瓦にはちょんまげがついているのです。
邸内にあった樹齢数百年の大楠にちなんで豫章館と名付けられたのだそうです。
でも、なんで 大楠=豫章??
奥には茶室があります。 ここも初めて知りました ^^;
飫肥城内の石垣。奥の石垣と通して見ると絶妙に角度もピッタリと一致します。
昔の測量技術もすごいんだなって、感心しました。
城内の階段は高さが低くて幅が広くてちょっと歩きづらい作りになっています。
これは、馬で一気に駆け上がれるようにしたものなのだそうです。
城壁の端の鬼瓦です。
撮影した時は気づかなかったのですが、よ??く見ると、真ん中の伊東家の紋の両脇に♥ハートマーク♥が???
これって、ほんとに昔からあったんだろうか???
ジョークでこんなことはやんないだろうし???
藩校 振徳堂 孟子の教えにある『又従而振徳之』(また疑いてこれを振徳せり)より振徳堂と名づけられた。
教授には安井清州、息軒親子らの学者を招き、教育につとめた。『人の人たる道を修業すること』を校風とし、後に外交官として活躍する小村寿太郎の骨格を成す人格『私欲を捨て、正直で誠実に生きる』はこの振徳堂で育まれた。 とある(資料流用)
久々に飫肥の古い町並みを散歩しました。
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